更年期障害に対する女性ホルモン補充療法で乳がんのリスクは心配するべきか

女性ホルモン補充療法って、何を補充している?

女性ホルモン補充療法(HRT)は、いわゆる更年期障害の症状を和らげる目的で一般的に行なわれている。

この更年期障害の原因は、女性ホルモンであるエストロゲンが閉経によって足りなくなることで起こってくる。

だから、このエストロゲンを補充して更年期症状を和らげようというのが、ホルモン補充療法である。

しかし、このエストロゲンは子宮内膜を分厚くさせて子宮内膜がんのリスクをあげてしまうことが知られていて、それを防ぐ目的で子宮がある人(何らかの理由で摘出をしていない人)に対しては、黄体ホルモン(プロゲステロン)を一緒に加えることで、子宮内膜がんリスク上昇を防いでいる。

 

一方で、このホルモン補充療法には、乳がんの発症リスクをあげるということが報告されている。

どうやら、子宮内膜がん予防で加えているプロゲステロン乳がん発症リスク上昇作用があるようだ。不思議なことに、エストロゲンにはその作用はなく、エストロゲンだけを補充しても乳がんのリスクは上昇しない。

 

乳がんのリスク上昇ってどれぐらい?

では、どれぐらいの乳がんのリスク上昇があるのだろうか。

報告は様々だが、ホルモン補充療法をしている期間は、おおむね1.2-1.5倍。実はホルモン補充療法を中止すると、3-5年でこのリスク上昇効果はリセットされると考えられている。

 

1.2-1.5倍というと多いような気もするかもしれないが、実際の人数で考えてみると

1000人の人が1年間薬を飲み続けて、これが関連したと思われる乳がん発症者は1人いるかいないか 程度なのだ。

 

 むしろ座ってばかりの生活や肥満、アルコール摂取の方が影響は大きい

このようなことが、国際的な学会のコンセンサスとして報告されている(グローバルコンセンサス2016)。

 

これを聞いて、リスクは高いと感じるか低いと感じるかは人それぞれかもしれないが、私はさほど心配するほどの数字ではないと思う。

ホルモン補充療法をするということは、なにかしらの症状でお困りな状況かと思う。

どんな薬も毒を持って毒を制すもの。困った症状を解決するためには、ある程度の有害事象は致し方ないのかもしれない。

もし、日頃家でゴロゴロしていることが多い人が、ホルモン補充療法をすることで乳がんの心配をされているのであれば、薬は飲みながらでも、運動習慣を身につける方がよっぽど建設的だと個人的には思う。

 

ただ、ホルモン補充療法の期間が長くなれば、その分だけ乳がんへの影響も大きくなってくる。おおよそ長くて5年間ぐらいが目安だろう。

もちろん、乳がん検診やセルフチェックはお願いしたい。これは、ホルモン補充療法をする/しないに関わらない話ではあるけれど。

 

ちなみに、上記で述べた乳がんリスク上昇の話は、通常日本でも使われている合成プロゲステロンによるもの。天然型のプロゲステロンはこのリスク上昇はないと言われているが、残念ながら天然型プロゲステロンは日本未発売。

 

"リスク上昇"って言葉に振り回されないように

よく"〇〇するとがんになるリスクがあがる"などという言葉を目にするが、

このリスクはどれぐらいあるのか、を知っておかないと、いらない心配をすることになるかもしれない。

様々な事柄の具体的リスクを把握することは難しいだろう。

それでも、もし自分が具体的に心配するものがあるとしたら、それは本当に心配した方が良いかどうかを判断するためにも、正確なリスクを少し調べてみるといいと思う。

たまにみかけるマンモグラフィやCTなどの放射線に過剰に反応する方も、正しいリスクが把握できていないからかもしれない。それを知った上でも、心配しているのかもしれないが・・・。

どんな検査も薬も、リスクとベネフィットがある。我々はそれを知った上で、その人にとって必要と考えるから提案している。

"リスク上昇"という言葉だけに振り回されないように注意していただきたい。

 

 

地中海料理が乳がんを防ぐ、と言うわけではないけれど

腸内細菌叢のように、乳腺の中にも細菌叢が存在しており、これが食事の影響を受けるらしい。

今回Cell Report誌に報告されたのは、これまで、食事と乳がんに関する研究・報告は様々なされてきているが、乳腺内細菌叢から乳がん発症のメカニズムに迫れないか、という新しい視点だ。

 

正直、私自身も全く知らなかったが、以前より、乳酸桿菌(Lactobacillaceae)が存在していると乳がん発症リスクを下げる可能性があるという報告が存在していたようだ。

 

地中海料理を食べたサルは、乳酸桿菌が10倍に増えた

今回の研究は、ヒトではなく、カニクイザルを用いた研究ではあるが、西洋食を食べ続けたサルと地中海食を食べ続けたサルでは、乳腺内細菌叢が異なるのか、ということを検証したユニークな研究。

 

地中海食を食べ続けたサルの乳腺内細菌叢には、乳がんのリスク低下と関連があると言われる乳酸桿菌が、西洋食を食べていたサルと比べて10倍ほど増えていた。

実際、乳がんの発症との関連を直接調べた研究ではないため、これだけでは何か確定的なことが言えるわけではないので、要注意。

 

地中海料理を食べればよいというわけではないけど

残念ながら、今回の結果を受けて「地中海料理乳がんは防げる」というような、いかにもメディア受けしそうなことはありえない。

地中海料理をよく食べている国々でも乳がんは多くみられているし、何かを食べたらがんにならないと言ったことが通用するほど、発がんのメカニズムはそんな単純な話ではない。

ただ、今回の乳腺内微生物叢の変化という概念が、発がんのメカニズム解明だけでなく、薬剤感受性や乳がんのBiology、転移などとの関連などもわかってくると面白いかもしれない。実際、腸内細菌叢と免疫チェックポイント阻害薬の効果についての報告もなされている。

マニアックな分野だが、面白い視点で、今後の研究結果が楽しみだ。

 

参考文献:Cell Rep 2018;25:47-56.e3

サプリメントなどの補完療法を受ける人はかえって再発率が高くなるという皮肉

補完療法を受ける人は、再発率が高い

補完療法の定義は様々だが、ここでは、ハーブ、ビタミン、ミネラルといったサプリメントホメオパシー、ヨガ、鍼灸などのことを指す。

実に、44-88%の人ががん治療中になんらかの補完療法を試すというデータも存在する。

今回、「従来の治療に加えて、補完療法を受ける人は、受けない人よりも予後が悪い」という補完療法についてのJAMA oncologyから出た、印象的な論文を紹介したいと思う。

 

従来の治療に加えて、補完療法を受ける人 vs 受けない人

この研究は、アメリカのNational Cancer Databaseから、乳がん、肺がん、前立腺がん、大腸がんの従来からある治療(手術、放射線治療抗癌剤、ホルモン療法など)を受けた人を対象に行われた。

この中で、従来の治療に加えて補完療法を受けた人と受けなかった人の5年生存率を比較した。解析のときには、様々な背景(癌腫、stage、年齢など)を調整して比較している。

結果は、

補完療法を受けた人は、受けなかった人よりも5年生存率が悪かった。

 

f:id:mammamimumemo:20180927194828p:plain

 

補完療法は、標準治療拒否を映す鏡?

直接的に、補完療法として行った行為が、再発率を高めたわけではないだろう(その可能性もあるかもしれないが)。考察の中でも触れられていたが、このような補完療法を行っていた人は、標準治療を拒否しがちだったことが再発率悪化に影響していると考えられる。

要するに、補完療法に手を出してしまう人は、性格的に従来からある治療を拒否しがちということなのかもしれない。

日々診療にあたっている人間からすると、なんら違和感のない話だ。

この試験では、手術・放射線治療抗癌剤・ホルモン療法などのいずれかを受けていれば、OKとされていたため、どれほどの人が状況に応じたこれらの治療の適切な組合せである"標準治療"を受けていたかはわからない。

個人的には、標準治療さえ受けてもらえれば、サプリメントなどは治療の邪魔にならなければ、よいだろうと考えていた。実際、薬を処方しても内服してくれているかの真実は確かめられない。実は我々も、あまり楽観的に考えていてもいけないのかもしれない。

 

皮肉にも、高収入・高学歴の人ほど補完療法を利用していて、再発率が高い

さらにこの論文中には、なんとも皮肉な現実が突きつけられていた。

高収入や高学歴の人の多くが、補完療法を利用し、結果高い再発率となっていたのだ。

おそらく、"癌にいい"というなんちゃって商品にたどり着けてしまう情報収集力と金銭的ゆとりがあるせいだろう。

自分のことは自分でという思いからなのか、"自分が自分の主治医"になってしまっている人も中には出会うことだってある。

自己判断でホルモン療法の薬はやめて、こちらのサプリメントを飲んでました、のような感じだ。

要するにこのような方々の再発率が高いということを示しているデータだと思う。

 

これは、別に医療者のいうことに従順に従いなさいという意味では決してない。

むしろできれば、ご自身なりに調べていただきたい。ただし、ブログやクチコミではなく、患者さん向けガイドラインや公的医療機関から情報を得てほしい。

実は、我々も病状を伝えたり、治療方針を相談したりするときは、患者さんやその家族がどれだけ正確にその病気を理解しているか、知っているかによって、伝えられる内容が大きく変わってくる。

情報を隠しているのではなく、一度に多くのことを伝えても最終的に何も残らなくなってしまうため、その受け手に合わせた内容で話をせざるおえない。

実際、患者さん自身が何も知らなかったり、あまりに偏った知識ばかりでは、最終的に双方が納得いく治療選択は難しくなることも多い。

病気と向き合うのは我々医療者だけでなく、まぎれもなく本人・家族であることは忘れないでほしい。

 

補完療法とどう向き合うか

ヨガや鍼灸などの一部の補完療法は、QOLを改善するというデータも存在している。真正面から否定するつもりはないが、多くの補完療法は"癌にいい"という触れ込みで行なわれている。これは残念ながらほぼ嘘だ。もちろん詐欺まがいのものも横行している。

がんを少しでも治す確立を上げたいのであれば、標準治療の代わりに、補完療法を選択することは、決してはしていけない。

様々なリスクを承知の上で、補完療法をやるとしても、標準治療はしっかりと行うことを約束した上で選択していただきたい。

 

参考文献: 2018 Jul 19. doi: 10.1001/jamaoncol.2018.2487.

https://jamanetwork.com/journals/jamaoncology/fullarticle/2687972

鍼治療は、アロマターゼ阻害薬の関節痛を楽にしてくれるかもしれない

閉経後乳がんで、よく使用されるホルモン療法薬にアロマターゼ阻害薬がある。

効果としてはお墨付きだが、副作用の一つに関節痛というのがある。

関節軟骨にもエストロゲン受容体がでており、アロマターゼ阻害薬を使用することによって、結果として関節の潤滑油が少なってしまったり、炎症を引き起こしたりすることで関節痛がでると言われている。

通常、術後治療としての内服では、5年から10年と長期にわたるので、これも重要な問題になる。

さらには、この関節痛を理由に薬を休みがちになってしまったりすることもあり、米国の報告では、実に20%の人が関節痛を理由に内服をやめてしまうという。これは乳がん再発予防という観点からも嬉しい話ではない。

アロマターゼ阻害薬による関節痛は、比較的よくみられる副作用だが、意外と症状の緩和には苦労することがある。

内服薬では、デュロキセチン(サインバルタ)が、この関節痛を和らげるという報告が最近話題になった(J Clin Oncol 2018:1;36(4):326-332)。

 

そこで今回紹介したいのは、鍼治療がアロマターゼ阻害薬の関節痛を緩和するという一流雑誌JAMAに掲載された報告だ。

SWOGという臨床試験グループがデザインしており、この類の研究では貴重な前向きのランダム化比較試験だ。

被検者は、"本物の鍼治療"と"偽の鍼治療"と"無治療"で分けられて研究が行われた。

この鍼治療は、2人のトレーニングされた鍼灸師によって行われている。偽の鍼治療は、あえて浅く刺したり、ポイントをずらして施術することによって行われたユニークな試験デザイン。

 

結果は、

"本物の鍼治療" > "偽の鍼治療" > "無治療"

の順に6週間~12週間後の関節痛が軽減された。

(厳密に言うとprimary endpointはmetしていない)

 

f:id:mammamimumemo:20180919203504p:plain

 

ただ、同時に行われたアンケートによると

"本物の鍼治療"を受けた68%の人は、自分が受けている治療は"本物の鍼治療"だと思っており、と"偽の鍼治療"を受けた62%は自分が受けている治療は"偽の鍼治療"だと思っていたという面白い結果もでている。

あまり鍼治療に関しては詳しくないが、微妙な違いも受ける人によっては見抜くことができるようだ。

実際、痛みに関しては、プラセボ効果が強く働くことも多く、この違いが結果に影響する可能性は大いにある(筆者らは関係ないと主張しているが・・)。

時には、"効く"と信じることで、痛みが和らぐこともあるのは事実。

今回の報告で、鍼治療が非常に有効だ、とまでは言うことはできないかもしれないが、治療を行わなかった人よりは症状改善が得られている。

これは、本当に鍼治療の効果なのかもしれないが、"何か関節痛に対して治療をしてもらっている"という気持ちだったり、実際にその過程で辛い気持ちを医療者に吐露する機会があったことが、今回の結果に影響しているかもしれない、なんて個人的には思ったりもする。

痛みの評価に関する研究は難しい・・・。

参考文献:JAMA. 2018 10;320(2):167-176

 

家族から、「死ぬなら癌がいい」と言われた話。

 
以前、一人の40代女性の乳がん患者さんを看取った。
非常に献身的な旦那さん、両親、子どもたちに囲まれて、病棟で亡くなった。
 
最後の表情は、穏やかそのもので、今にも話しかけたら返事をしてくれそうな安らかな表情だった。
 
お見送りを終えたあと、旦那さんとの別れ際にこんなことを言われた。
 
「なんか変なことを言ってると思われるかもしれないですけど、
死ぬなら癌がいいですね」
「最期の時間までに、十分すぎるほど心の準備をする時間がありました。再発がわかってから、夫婦で、家族で色んなことを話し合う機会があったんです。」
「本当に〇〇(当院)で看取ってもらえてよかったです。ありがとうございました。」
 
非常に心に刺さる言葉だった。
目のまえで最愛の妻を癌で亡くした直後にも関わらず。
 
 

終末期は、家族も体力勝負

終末期は、付き添う家族にとっても体力勝負だ。
最期まで付き添いたい気持ちと、いつ最期の時が訪れるかがわからない見通しのつかなさの故に、どうしても家族は病棟に貼り付け状態になりがちだ。
我々医療者も、ある程度の予測はできるものの、やっぱり正確な時期まではわからない。
 
適度に休息をとっていただきながら、家族にとっても体力的な理由で、貴重な時間が辛い時間にならないよう、極力気をくばるようにはしている。
 
この方も数日にわたり厳しい状態が続き、家族にも疲労の色が見えていた。しかし、最終的には暖かく家族に見守られて息を引き取っていった。
 
 
今回の事例では何がよかったのだろうか。
再発してからの経過で、比較的症状コントロール自体がうまくいっていたのはあるかもしれないが、決してそれだけではないだろうし、この方に関しては医療の影響はさほど大きくないと思っている。
 
以前アドバンスケアプランニングについてはテーマにあげたことがあるが、

mammamimumemo.hatenablog.com

 
これがうまくいっていたともいえるのかもしれない。
なによりも、
 
本人も家族も いい意味で病状の受け入れができていたこと
本人も家族も 最期の時までに気持ちもやりたいこともきちんと準備してきていたこと
 
これが大切だったように思う。
 
厳しい状況が続いた中で、家族(特にこの方の場合は夫婦)でよく話し合って自分たちが納得出来る選択をし続けてきた姿が印象的だった。
 

人はいつかは死ぬという事実を本当に認識していますか?

今や3人に1人は、癌で亡くなる時代だ。
もちろん、死というのは辛いできごとであることは違いないので、あまり考えたくないということもよく理解できる。
しかし、必ず全員に訪れるという事実も間違いない。
にも関わらず、どこか他の国の出来事のように捉えられてしまっている節がある。
 
この事実は、もっと広く認識されなくてはならない。
癌による死というのは、他人事ではない、あまりにごくありふれた話なのだ。
 
何事も準備が大切だ。
我々がどんなに力を注ごうと、患者さんが、家族が、国民が “それぞれにとっての良い死”を考えて実行できなければ、なかなかうまくはいかない。
 
終末期の医療は、医療者と本人だけが頑張っても良い結果を生むことは難しいのだ。
 
時に、交通事故や心筋梗塞などであっという間に命を失ってしまうこともある。
良くも悪くも、人が癌で命を落とすまでには時間を要する。
少しでも、辛い時間が長くなったと言わせないよう、我々は様々な技術を磨かないといけないし、医学を進歩させねばならないが、
この時間の過ごし方で、その人の人生は大きく変えられる。
もし、この時間がうまく過ごせるのであれば、「死ぬなら癌がいい」と私も思う。
 

更年期障害に対する女性ホルモン補充療法で乳がんのリスクはどこまで心配するべきか

女性ホルモンって、実際何を補充している?

女性ホルモン補充療法(HRT)は、いわゆる更年期障害の症状を和らげる目的で一般的に行なわれている。

この更年期障害の原因は、女性ホルモンであるエストロゲンが閉経によって足りなくなることで起こってくる。

だから、このエストロゲンを補充して更年期症状を和らげようというのが、ホルモン補充療法である。

しかし、このエストロゲンは子宮内膜を分厚くさせて子宮内膜がんのリスクをあげてしまうことが知られていて、それを防ぐ目的で子宮がある人(何らかの理由で摘出をしていない人)に対しては、黄体ホルモン(プロゲステロン)を一緒に加えることで、子宮内膜がんリスク上昇を防いでいる。

 

一方で、このホルモン補充療法には、乳がんの発症リスクをあげるということが報告されている。

どうやら、子宮内膜がん予防で加えているプロゲステロン乳がん発症リスク上昇作用があるようだ。不思議なことに、エストロゲンにはその作用はなく、エストロゲンだけを補充しても乳がんのリスクは上昇しない。

 

乳がんのリスク上昇ってどれぐらい?

では、どれぐらいの乳がんのリスク上昇があるのだろうか。

報告は様々だが、ホルモン補充療法をしている期間は、おおむね1.2-1.5倍。実はホルモン補充療法を中止すると、3-5年でこのリスク上昇効果はリセットされると考えられている。

 

1.2-1.5倍というと多いような気もするかもしれないが、実際の人数で考えてみると

1000人の人が1年間薬を飲み続けて、1人いるかいないか 程度なのだ。

 

 むしろ座ってばかりの生活や肥満、アルコール摂取の方が影響は大きい

このようなことが、国際的な学会のコンセンサスとして報告されている(グローバルコンセンサス2016)。

 

これを聞いて、リスクは高いと感じるか低いと感じるかは人それぞれかもしれないが、私はさほど心配するほどの数字ではないと思う。

ホルモン補充療法をするということは、なにかしらの症状でお困りな状況かと思う。

どんな薬も毒を持って毒を制すもの。困った症状を解決するためには、ある程度の有害事象は致し方ないのかもしれない。

もし、日頃家でゴロゴロしていることが多い人が、ホルモン補充療法をすることで乳がんの心配をされているのであれば、薬は飲みながらでも、運動習慣を身につける方がよっぽど建設的だと個人的には思う。

 

ただ、ホルモン補充療法の期間が長くなれば、その分だけ乳がんへの影響も大きくなってくる。おおよそ長くて5年間ぐらいが目安だろう。

もちろん、まったくリスクがないという話ではない。乳がん検診やセルフチェックはお願いしたい。これは、ホルモン補充療法をする/しないに関わらない話だが。

 

ちなみに、上記で述べた乳がんリスク上昇の話は、通常日本でも使われている合成プロゲステロンによるもの。天然型のプロゲステロンはこのリスク上昇はないと言われているが、残念ながら天然型プロゲステロンは日本未発売。

 

"リスク上昇"って言葉に振り回されないように

よく"〇〇するとがんになるリスクがあがる"などという言葉を目にするが、

このリスクはどれぐらいあるのか、を知っておかないと、知らないうちに過剰な心配をすることになるかもしれない。

様々な事柄の具体的リスクをすべて把握することは難しいだろう。

でも、もし自分が具体的に心配しているものがあるとしたら、今感じている不安が本当に思っているほど心配した方が良いかどうかを判断するためにも、少し掘り下げて調べてみるといいと思う。

たまにマンモグラフィやCTなどの放射線に過剰に反応する方がいるが、正しいリスクが把握できていないからかもしれない。それを知った上でも、心配しているのかもしれないが・・・。

どんな検査も薬も、リスクとベネフィットがある。我々はそれを知った上で、その人にとって必要と考えるから提案している。

 

"リスク上昇"という言葉だけに振り回されないように注意していただきたい。

 

 

医師だから思う、がん再発後の人生を豊かにするためにできること

アドバンスケアプラン二ングって知ってますか?

アドバンスケアプラン二ング (Advance Care Planning: ACP)の定義:

今後の治療・ 療養について患者・家族と医療従事者があらかじめ話し合う自発的なプロセス

 

つまり、残された人生でどんなことがしたくて、どんな人生にしたいかを話し合うこと。

これによって、医療者側も次にどんな治療を選択したほうが、それを実現できそうかということを、副作用や療養方法などを考えることができる。

 

残された時間を自分らしく過ごすためにしてほしいことは、

"自分のことを理解すること"

だ。

これには、2つの意味がある。

一つは、自分のやりたいこと、望んでいること。

一つは、自分の病状。

 

今日はこれにまつわる話について、書いてみようと思う。

 

最近、がん領域で盛んにアドバンスケアプラン二ングの実践が叫ばれている。

個人的には、がん再発後、アドバンスケアプランニングはできるだけ早めから始めることが良いと思っている。

治癒が難しいがんを患っている人も、治らないという事実はあるにせよ、最期の時までにできるだけ自分らしく、悔いの残らないように医療従事者もサポートしようという我々の意思表示でもある。

この最近の流れは、本当に重要で、がん再発治療の最も重要な部分といっても過言ではないかもしれない。広くこの概念が普及することを願う。

しかし、意外とこれをうまく実践することが難しいと最近良く実感する。

 

 

アドバンスケアプランニングが、なかなかうまくいかない理由

実は、大部分のうまくいかない理由は、医療者側にあると思っている。

患者本人、ご家族も知っておいてほしい内容なので、ぜひそのまま読みすすめていただきたい。

まずは、根本的な問題として、アドバンスケアプラン二ングを行うだけの十分な時間が確保できていないこと。これは、どうしても医師だけでは行うことができない。チーム単位でアドバンスケアプラン二ングに取り組むための準備が必要。まだまだ人手不足という事実はあるが、それでも準備はしていかないといけない。

 

そして、実はもっと重要だと私が考えているのは、

医師が "今後どのような経過をたどっていくのか"というイメージをしっかりと伝えていないこと(厳密には理解してもらうこと)。

再発を告知された患者さんは、不安でいっぱいだ。これから自分がどうなっていくのかなんて、想像がつくわけもない。そんな中で、何がしたいですか?と言われても、困ってしまう。

一般的に、再発後の乳がんの経過としては、良い時期と悪い時期を繰り返しながら、少しずつ悪くなり、最終的には亡くなってしまう。治療の効果によっては、良い時期が長いかもしれないし、悪い時期が長いかもしれない。

いずれにせよ、今行っている治療は必ずどこかで効かなくなる時期がやってくるということはお伝えしなくてはいけない。

今後の経過のイメージが共有できていないと、医療者と患者・家族とは同じ方向を向いて治療を進めることができない。

 

よくご家族からの要望で、"希望がなくなるから、治らないことは言わないでほしい"といわれることがある。ほとんど残された時間がないような場合にはそれでいいこともあるかもしれないが、これに関しては、基本的に私は反対だ。

この台詞もすべては優しさからくるものと思う。しかし、それが時に残酷であることがあるのだ。

はじめのうちは、再発していても症状はうまくコントロールできて、普通の人と同じように過ごせることが多い。

しかし、やがては、病状は進行して、体の自由が効かなくなる時期が必ずやってくる。本人が"治らないかもしれない"と自覚する頃には、もはややりたいことはできなくなってしまっているかもしれない。こうなることを知っていたら、本人は体が自由に動くうちにやりたいことがあったかもしれない、できたことがあったかもしれない。そんな後悔は、誰にも取り返すことができない。

一度知った辛い情報を乗り越えるには、人にもよるが時間がかかる。しかし、多くの人がそれを乗り越えて、自分の時間を過ごすことができる。

やりたいことをするための準備にも、それを実行するためにも時間はかかるのだ。

治らない事実をあまりに遅く伝えること(たいてい伝えているのだが、理解してもらうこと)は、患者さんの残された貴重な時間を奪っていることなのかもしれない。

 

何がしたいのか、よく自分と家族と仲間と話しあってみてください。

では、ご本人、家族は何をしたらよいだろうか。

まずは、自分の状況を把握すること。

本当に治らない状態なのか、治らないとすれば今後どのような経過が予想されるのか。

これはとことん、納得いくまで主治医と話をしてほしい。

 

いずれも、できれば聞きたくない辛い内容だろう。

ただ、自分が今後どうなっていくのかがわからなくては、アドバンスケアプランニングはうまくいかないのも事実だ。

 

その上で、ゆっくりとやりたいこと、実現したいことを考えていただきたい。

ここが何よりも一番大切。

それは自分の目標かもしれないし、家族や仲間と共有できることかもしれない。

急ぐ必要はなくて、走りながら考えていただいて構わない。

時には、現実を受け止めて、できる中での最大限のことを考える必要もあるかもしれない。

とはいっても、難しく考える必要はまったくない。

素直に自分の心に聞いてみればいいと思う。

やりたいことがみえてきたら、ぜひ家族と仲間と共有していただきたい。

そして、医療者とシェアしていただきたい。

みんなが同じ足並みにならないと、うまく目標には進めない。

 

この"みんな"ということが本当に大切。

 

もし、親戚や仲間のために、この記事を読んでいる方がいれば、"みんなが足並みをそろえることが大切”ということをご理解いただきたい。

たびたび、日頃は比較的疎遠な親戚が、遠方からかけつけてきて、これまでの状況を理解されていないにも関わらず、「こんなことになってどうなってるんだ!」とお怒りになられる方、「この治療はどうだ」「あそこの病院にいったらどうだ」などと意見する方を見かける。しかも、たいていはインターネットや雑誌からの選りすぐりの残念な情報源によるものだ。もちろん、悪意が決してないことは我々も知っている。

患者さん本人のためにも、"足並みにそろった段階"で、ご意見をいただければと思う。

 

 

また、少し話が脇道にそれるが、 度々見かける結果的にうまくいかないケースがあるので一つ紹介したい。

それは、

"がんを治癒すること"という目標を立ててしまう場合だ。

はじめのうちはそれでよいかもしれないが、詳細は避けるが、これに執着し続けると、治療をするために人生を過ごしてしまう方がいる。

誤解のないように、明言するが、希望を捨てろという意味では決してない。

"治療"を"目標"とすることに問題があるのだ。治療をすることで、何がしたいのか、ということが一番大切にしなくてはいけない。

実のところ、よほど特殊な状況がない限り、stage4や転移再発をした状況は治癒は望めない。

この特殊な状況というのは、あくまで、標準治療として行われている治療の中で、ごくわずかにsuper responderと言われる人がいて、stage4や転移再発の方でも寛解状態になることがある。乳がんでは、HER2陽性乳がんでたまにみられる。

民間療法にはこの可能性すら残されていないので、決して間違えないでほしい。

たまたま標準治療を受けていたら、治癒のような状態になることはあっても、ただこのような人はあまりにも少ないので、残された時間をどのように過ごしたいかという観点からは、現実的な目標にはしてはいけない。

辛い現実も、きちんと受け入れることができてはじめて乗り越えられるし、スタートを切ることができるようになる。

 

状況によって自分の目標は見直せばいい

一度立てた計画は、絶対ではない。

もちろん、治療が思ったよりうまくいくこともあれば、うまくいかないこともある。それによって体調が思ったよりもいい時もあれば、思ったよりも体が動かない時もある。

その時々によって、目標や計画は立て直せばいい。

ぜひ、そんな心境の変化があったときは、家族や仲間はもちろん、主治医や看護師などの医療スタッフに伝えてほしい。ぜひ共有してほしい。

 

最後に

ここに書いたのは、アドバンスケアプラン二ングのあくまでも一般論的な話。

当然、人によって望む人生は違う。

こちらから押し付けるようなことは決してしない。

通り一辺倒のやり方では、アドバンスケアプランニングはうまくいくわけがない。

私自身も本人や家族の様子を見ながら、お話するようにしている。

それが本当に難しいところで、我々も日々勉強である。

 

ただ、がん再発後の人生を豊かにするために、こんな方法があるんだということを知っていただければ、嬉しい。

 

医療者も、アドバンスケアプラン二ングに関しては、覚悟して耳を傾けなくてはならない。

その人が残りの人生をかけてやりたいことを伝えてくれているわけだから。

 

アドバンスケアプラン二ングは、がん再発後によく使われる概念だが、個人的には、がん治療を受ける全ての方を対象とすべきだと思う。

がん治療の経験は、つらい体験に間違いないが、そこから新しい自分を発見して糧にしていく人がいる。がん治療を喪失体験としてだけで終わらせてしまっては、本当に辛い体験。そこからいい意味でスタートを切っていく人が増えることを願って、アドバンスケアプラン二ングという言葉を使いたい。