医師だから思う、がん再発後の人生を豊かにするためにできること
アドバンスケアプラン二ングって知ってますか?
アドバンスケアプラン二ング (Advance Care Planning: ACP)の定義:
今後の治療・ 療養について患者・家族と医療従事者があらかじめ話し合う自発的なプロセス
つまり、残された人生でどんなことがしたくて、どんな人生にしたいかを話し合うこと。
これによって、医療者側も次にどんな治療を選択したほうが、それを実現できそうかということを、副作用や療養方法などを考えることができる。
残された時間を自分らしく過ごすためにしてほしいことは、
"自分のことを理解すること"
だ。
これには、2つの意味がある。
一つは、自分のやりたいこと、望んでいること。
一つは、自分の病状。
今日はこれにまつわる話について、書いてみようと思う。
最近、がん領域で盛んにアドバンスケアプラン二ングの実践が叫ばれている。
個人的には、がん再発後、アドバンスケアプランニングはできるだけ早めから始めることが良いと思っている。
治癒が難しいがんを患っている人も、治らないという事実はあるにせよ、最期の時までにできるだけ自分らしく、悔いの残らないように医療従事者もサポートしようという我々の意思表示でもある。
この最近の流れは、本当に重要で、がん再発治療の最も重要な部分といっても過言ではないかもしれない。広くこの概念が普及することを願う。
しかし、意外とこれをうまく実践することが難しいと最近良く実感する。
アドバンスケアプランニングが、なかなかうまくいかない理由
実は、大部分のうまくいかない理由は、医療者側にあると思っている。
患者本人、ご家族も知っておいてほしい内容なので、ぜひそのまま読みすすめていただきたい。
まずは、根本的な問題として、アドバンスケアプラン二ングを行うだけの十分な時間が確保できていないこと。これは、どうしても医師だけでは行うことができない。チーム単位でアドバンスケアプラン二ングに取り組むための準備が必要。まだまだ人手不足という事実はあるが、それでも準備はしていかないといけない。
そして、実はもっと重要だと私が考えているのは、
医師が "今後どのような経過をたどっていくのか"というイメージをしっかりと伝えていないこと(厳密には理解してもらうこと)。
再発を告知された患者さんは、不安でいっぱいだ。これから自分がどうなっていくのかなんて、想像がつくわけもない。そんな中で、何がしたいですか?と言われても、困ってしまう。
一般的に、再発後の乳がんの経過としては、良い時期と悪い時期を繰り返しながら、少しずつ悪くなり、最終的には亡くなってしまう。治療の効果によっては、良い時期が長いかもしれないし、悪い時期が長いかもしれない。
いずれにせよ、今行っている治療は必ずどこかで効かなくなる時期がやってくるということはお伝えしなくてはいけない。
今後の経過のイメージが共有できていないと、医療者と患者・家族とは同じ方向を向いて治療を進めることができない。
よくご家族からの要望で、"希望がなくなるから、治らないことは言わないでほしい"といわれることがある。ほとんど残された時間がないような場合にはそれでいいこともあるかもしれないが、これに関しては、基本的に私は反対だ。
この台詞もすべては優しさからくるものと思う。しかし、それが時に残酷であることがあるのだ。
はじめのうちは、再発していても症状はうまくコントロールできて、普通の人と同じように過ごせることが多い。
しかし、やがては、病状は進行して、体の自由が効かなくなる時期が必ずやってくる。本人が"治らないかもしれない"と自覚する頃には、もはややりたいことはできなくなってしまっているかもしれない。こうなることを知っていたら、本人は体が自由に動くうちにやりたいことがあったかもしれない、できたことがあったかもしれない。そんな後悔は、誰にも取り返すことができない。
一度知った辛い情報を乗り越えるには、人にもよるが時間がかかる。しかし、多くの人がそれを乗り越えて、自分の時間を過ごすことができる。
やりたいことをするための準備にも、それを実行するためにも時間はかかるのだ。
治らない事実をあまりに遅く伝えること(たいてい伝えているのだが、理解してもらうこと)は、患者さんの残された貴重な時間を奪っていることなのかもしれない。
何がしたいのか、よく自分と家族と仲間と話しあってみてください。
では、ご本人、家族は何をしたらよいだろうか。
まずは、自分の状況を把握すること。
本当に治らない状態なのか、治らないとすれば今後どのような経過が予想されるのか。
これはとことん、納得いくまで主治医と話をしてほしい。
いずれも、できれば聞きたくない辛い内容だろう。
ただ、自分が今後どうなっていくのかがわからなくては、アドバンスケアプランニングはうまくいかないのも事実だ。
その上で、ゆっくりとやりたいこと、実現したいことを考えていただきたい。
ここが何よりも一番大切。
それは自分の目標かもしれないし、家族や仲間と共有できることかもしれない。
急ぐ必要はなくて、走りながら考えていただいて構わない。
時には、現実を受け止めて、できる中での最大限のことを考える必要もあるかもしれない。
とはいっても、難しく考える必要はまったくない。
素直に自分の心に聞いてみればいいと思う。
やりたいことがみえてきたら、ぜひ家族と仲間と共有していただきたい。
そして、医療者とシェアしていただきたい。
みんなが同じ足並みにならないと、うまく目標には進めない。
この"みんな"ということが本当に大切。
もし、親戚や仲間のために、この記事を読んでいる方がいれば、"みんなが足並みをそろえることが大切”ということをご理解いただきたい。
たびたび、日頃は比較的疎遠な親戚が、遠方からかけつけてきて、これまでの状況を理解されていないにも関わらず、「こんなことになってどうなってるんだ!」とお怒りになられる方、「この治療はどうだ」「あそこの病院にいったらどうだ」などと意見する方を見かける。しかも、たいていはインターネットや雑誌からの選りすぐりの残念な情報源によるものだ。もちろん、悪意が決してないことは我々も知っている。
患者さん本人のためにも、"足並みにそろった段階"で、ご意見をいただければと思う。
また、少し話が脇道にそれるが、 度々見かける結果的にうまくいかないケースがあるので一つ紹介したい。
それは、
"がんを治癒すること"という目標を立ててしまう場合だ。
はじめのうちはそれでよいかもしれないが、詳細は避けるが、これに執着し続けると、治療をするために人生を過ごしてしまう方がいる。
誤解のないように、明言するが、希望を捨てろという意味では決してない。
"治療"を"目標"とすることに問題があるのだ。治療をすることで、何がしたいのか、ということが一番大切にしなくてはいけない。
実のところ、よほど特殊な状況がない限り、stage4や転移再発をした状況は治癒は望めない。
この特殊な状況というのは、あくまで、標準治療として行われている治療の中で、ごくわずかにsuper responderと言われる人がいて、stage4や転移再発の方でも寛解状態になることがある。乳がんでは、HER2陽性乳がんでたまにみられる。
民間療法にはこの可能性すら残されていないので、決して間違えないでほしい。
たまたま標準治療を受けていたら、治癒のような状態になることはあっても、ただこのような人はあまりにも少ないので、残された時間をどのように過ごしたいかという観点からは、現実的な目標にはしてはいけない。
辛い現実も、きちんと受け入れることができてはじめて乗り越えられるし、スタートを切ることができるようになる。
状況によって自分の目標は見直せばいい
一度立てた計画は、絶対ではない。
もちろん、治療が思ったよりうまくいくこともあれば、うまくいかないこともある。それによって体調が思ったよりもいい時もあれば、思ったよりも体が動かない時もある。
その時々によって、目標や計画は立て直せばいい。
ぜひ、そんな心境の変化があったときは、家族や仲間はもちろん、主治医や看護師などの医療スタッフに伝えてほしい。ぜひ共有してほしい。
最後に
ここに書いたのは、アドバンスケアプラン二ングのあくまでも一般論的な話。
当然、人によって望む人生は違う。
こちらから押し付けるようなことは決してしない。
通り一辺倒のやり方では、アドバンスケアプランニングはうまくいくわけがない。
私自身も本人や家族の様子を見ながら、お話するようにしている。
それが本当に難しいところで、我々も日々勉強である。
ただ、がん再発後の人生を豊かにするために、こんな方法があるんだということを知っていただければ、嬉しい。
医療者も、アドバンスケアプラン二ングに関しては、覚悟して耳を傾けなくてはならない。
その人が残りの人生をかけてやりたいことを伝えてくれているわけだから。
アドバンスケアプラン二ングは、がん再発後によく使われる概念だが、個人的には、がん治療を受ける全ての方を対象とすべきだと思う。
がん治療の経験は、つらい体験に間違いないが、そこから新しい自分を発見して糧にしていく人がいる。がん治療を喪失体験としてだけで終わらせてしまっては、本当に辛い体験。そこからいい意味でスタートを切っていく人が増えることを願って、アドバンスケアプラン二ングという言葉を使いたい。