乳がん検診で、がんが見つかった人から、「今まで検診ちゃんと受けてたのに!」と怒られた話。

先日、検診で”要精査"となって私の元にやってきた方がいた。詳しい検査の結果、最終的な診断は乳がん

まだ触診でもわからないようなごく小さなものだったが、浸潤がんだった。おそらく1年前の検査では指摘することは難しいだろうと思った。まさに、このような人が検診で一番恩恵を受けることができた人だろう。

 

しかし、乳がんの診断を伝えたのちに、次のような言葉が返ってきた。

 

「いったい、どういうことなんですか!?そんなはずないです!私は、今までちゃんと検診受けてたのに!」

 

がんの診断は重く、その人の精神的な負荷は大きい。怒りの感情がこみあげてきても別に不思議ではない。

 

はじめ私は、"前回の検診時に実はすでに病変はあって、それを前回の検診で見逃されたのではないか"、ということを怒っているのかと思った。

ところが、色々と話を聴くうちにわかったのが、

どうやらこの方は 、

”検診を受けていれば、乳がんにはならない”

と思っていたようである。

 

もちろん検診は、あくまでも早期発見をすること(二次予防)が目的であって、乳がんになること(一次予防)を防ぐことは目的ではない。

早期発見によって乳がんによる死亡を少しでも防ぐことが目的だ(乳がん検診によって死亡率が減少するかどうかの議論は置いておくとして)。

最終的には、この方にもご理解をいただき、手術を受けた後に今でも元気に通院をされている。

 
 

自分の健康には自分で責任を持つ意識が大切

 

実は、このようなことは珍しくはなく、度々経験する。検診のあるがんの診療をしている医師の方なら、みなさん経験があるだろう。

 

日本人は検診を受けていれば大丈夫、と自分の健康を行政や医療機関に委ねすぎている感がある。

大切なのは、自分の健康は自分で守るものだ、という意識。

当然、どんなに気をつけていようと、病気になるときはなるし、がんだって発症する。

その時のための医療機関である。

運動をすること、欧米食に偏らないこと、タバコをすわないこと・・・こういったことで、防ぐことができる病気はある。その人が本当に運動をしなかったことで乳がんを発症したかどうか、を最終的に証明することはできないが。

 

私たち医師は、手術や薬剤で治療をすることはできても、生活スタイルを治療することは容易にはできない。

生活指導まではできても、実際に行動するかは個人にかかっている。

乳がんは術後の運動習慣が再発率を下げることがわかっている。病院に通院しているだけで十分だ、ということは決してありえない。

もちろん、我々医療機関を頼ってくれるのはいい。しかし、それだけで自分の健康を守ることはできない。

 

 

自分の曝されるリスクが分かる方が、人は行動できる

 

もっと自分の病気の発症リスク、発症確率が明確にわかるようになれば、その人は自分のリスクに応じた行動ができるようになるはずだ。

それぞれみんなが発症リスクも異なるのに、検診も全員が一律同じ頻度で同じ検査を受けるってのは変な話。

たとえば、BRCA遺伝子変異を持つ方が、どんなに運動をしようと、食事に気をつけようと、その人が乳がんを発症する確率は高いだろう。BRCA遺伝子変異を持たない運動習慣のない食生活が乱れた人よりも、乳がん発症リスクは間違いなく高い。だから、この人が乳がん卵巣がんで命を落とさないためには、生活を見直すことよりも、乳房や卵巣の予防切除をすることの方が優先されるかもしれない。

 

個人的には、究極の医学は予防医学(一次予防)だと思う。もし、すべての病気が予防できれば、医師はいらない。
正確な発症リスク予測には、膨大な研究とデータと時間が必要。
究極の予防を目指すまでの道のりは、まだまだまだまだ遠い。

でも、国を挙げて進めていかなくてはならない課題の一つだろう。

オートファジー制御が乳癌晩期再発を防ぐかもしれない

オートファジー制御が晩期再発を解決する一つの鍵かもしれない

ER陽性乳癌の重要な解決すべき問題の一つに、術後5年以降の再発 "晩期再発"がある。実にER陽性乳癌の50%ぐらいは5年以降に再発してくるから厄介な話。骨髄などにじっと休眠状態(Dormant)で潜んでいるのだ。

残念ながら現在、晩期再発を防ぐすべはない。

ホルモン療法の5年以上の長期内服は、一見理にかなっているようにみえるが、AIのextendには対側乳房の乳癌抑制と有害事象を増やすばかりで晩期再発を抑制する力はほとんどないようだ。唯一TAMの10年だけが晩期再発抑制に寄与していた(AI10年vsTAM10年の試験はないが)。

そんな中、オートファジーに注目したこの研究が非常に面白い。

 

オートファジーを止めると休眠状態(Dormant)な乳癌はアポトーシスする

Dormantな乳癌細胞のオートファジーをブロックするとその癌細胞がアポトーシスした。しかし、一度増殖をはじめた細胞は、オートファジーをブロックしても増殖をとめることはできなかった。

Dormancyを維持するためにはオートファジーは必要不可欠なようだ。

fibroblastをDormantな癌細胞と共培養するとDormantが解除されて乳癌細胞が増殖し始めるということも興味深い。目覚めのシグナルは、やはり外からの刺激によっても起こるのだろう。

 "なんらかの出来事"をきっかけに、Dormantな細胞は再び増殖を開始するのだろうが、一度目覚めさせてしまったら、現状はとめる術がない。

5年以降に再発がない、ハイリスク患者さん(pN+やCTS5 high riskなど)に改めて投与するという戦略も面白いのかもしれない。

いずれにしても、抗オートファジー薬はまだまだ研究段階で、実臨床へ出てくるのもまだまだ先だろう。

 

参考文献:https://www.nature.com/articles/s41467-018-04070-6

乳癌に免疫療法は効かないって本当?

とある日のyahooニュースに、

「stage4乳癌が免疫療法で寛解」 との文字が。

またまたー・・・と思って一応内容を確認してみると、出典元はNature medineという一流雑誌。論文掲載時期からは少し経過しているが、今日はそれにまつわる話。

最近、様々ながんで、免疫療法が花盛りだ。しかし、乳がんにおいてはなかなか効果が乏しく、少し取り残されている感じがあって、少し寂しい思いもしていた(トリプルネガティブ乳がんにはよいデータも出始めているが)。そんなところへ、一つの朗報だ。

 

免疫療法って何?

もともと免疫細胞は、"自分でないもの"を認識して攻撃する性質がある。がん細胞はもともとは、自分の細胞からでてきたものだが、分裂を繰り返すうちに遺伝子変異が起こり、正常な細胞ではつくられないヘンテコなタンパク質を作り始める(ネオアンチゲン)。通常は、これを免疫細胞は認識して、がん細胞への攻撃を開始する。

この免疫細胞をうまく利用してがん治療ができないか、というコンセプトで考えられたのが免疫療法。

現在、有効性が確認されている免疫療法は、免疫チェックポイント阻害薬とよばれる、分子標的治療のこと。この薬剤は、免疫細胞(T細胞)がん細胞を攻撃するブレーキを外す薬剤。がん細胞は巧みに免疫細胞にブレーキをかけて免疫細胞から逃げており(免疫逃避)、この薬剤はそのブレーキを外すのだ。

例えるならば、酔っ払い(腫瘍細胞)が包丁を振り回して、周りには大勢の警察官も含めた人(免疫細胞)が集まってきているが、誰も取り押さえられない状況。もしくは、ヤクザ(腫瘍細胞)が賄賂を送ってグルの警察官(制御性T細胞をはじめとした免疫細胞)を黙らせているような状態。こんな感じだろうか。

だから、包丁や賄賂といったブレーキを外してあげると免疫細胞は腫瘍細胞を攻撃できるようになる。

 

なぜ乳がんには、既存の免疫チェックポイント阻害薬がほとんど効かないのか

実は、この他にも、がん細胞が免疫細胞から逃げる手段がある。がん細胞自身が、"自己"の細胞そっくりになりすますのだ。これは免疫選択と呼ばれる。実は、乳がんはこの手法を用いて免疫細胞からの攻撃を免れていることが多い。

要するに、乳がんは正常な細胞に割と似ている顔をしているから、免疫細胞が"自己"と判断して見逃してしまうのだ。

また、乳がんは一般的には、免疫学的には"cold"な腫瘍と言われている。

これはどういうことかというと、がん細胞の周りにあまり炎症が起こらず、免疫細胞自体が周囲にいない状況を指している。

これも例えるならば、自宅で隠れてハッカー(がん細胞)がサイバー攻撃をしているのようなイメージだろうか。なかなかシッポ(ネオアンチゲン)を出さないので、捕まえられないし、そのハッカーのすぐ周りには本人を捕まえる警察官(免疫細胞)は待機していない。

だから、ここに免疫チェックポイント阻害薬を投与しても、そもそもにそんなにブレーキがかかっていたわけではないので、効果が期待できない、というわけだ。

 

 

免疫療法に希望の光 

ここまで書くとなんだか、寂しい気持ちなってしまうが、何も悲観的な話ばかりでない。ここで登場するのが、冒頭で話題にしたnature medicineの論文。

これは、進行乳がん患者さんに、ネオアンチゲンを認識するT細胞+IL-2+免疫チェックポイント阻害薬の投与をしたら、寛解状態となったという内容。

 

どこかのクリニックでやってそうなことじゃん、と思われたそこのあなた。決して、一緒にはしていけない。腫瘍周辺にいたリンパ球の中から、選りすぐりの腫瘍を攻撃する能力を持ち合わせたリンパ球を選び抜いて、身体に戻している。一般のクリニックでは、容易にはできない。

これは裏を返すと腫瘍周囲に集まっているリンパ球には、必ずしもがん細胞を有効に攻撃できていないものも含まれているということなのかもしれない。免疫細胞にがん細胞を認識させて攻撃させるということはそう簡単なことではないのだ。

そして、注目すべき点は、"cold"な転移巣にも効果があったということ。個人的には、質の高いネオアンチゲンの抽出とIL-2で炎症を誘導したことが功を制したのではないかと思っている。

このたった一症例の報告が、超一流雑誌のnature medineに掲載されたのだ。

もちろん詳細な検討がなされた結果もあるが、乳がん領域においては、これは"大発見"だということ。ちまたで自費診療で行われている免疫療法が本当に効果があるならば、この一症例がnature medicineに掲載されることなどありえない。現状、免疫細胞をちょっとやそっと増やしたぐらいでは、残念ながら がんは治らない。

私は免疫療法を否定したいのではない。正直、非常に期待している。

ただみなさんにも正確に知っていただきたいのが、今、乳がんの免疫療法の最先端の最先端がようやくここまで到達できた、ということ。大いに喜ばしいことだ。でも、忘れてはならないのが、まだまだ研究段階であり、実用化にはまだ時間がかかるということ。

でも、いつか、この治療が乳がんの治療を席巻する日がくるかもしれない。

 

参考文献:

Immune recognition of somatic mutations leading to complete durable regression in metastatic breast cancer | Nature Medicine

あなたと私と乳がん

 

あなたと私たちは同じ方向を向いているか

はじめまして、私、とある"がん拠点病院"に勤務する乳腺専門医です。

日々多くの乳がん患者さんとの診療を通じて、様々な経験をさせていただいております。辛いことも、嬉しいことも。

そんな中で、どうしたら日本の乳がん診療はよくなっていくか、変えることができるのかを考えさせられます。

 

今の乳がん診療に足りないもの・・・

 

"患者さんと医療者がお互いを理解しあう機会"

 

もちろん私たちは患者さんのことを知らなくてはいけません。でも、私たちの前で見せる顔は診察の時の"患者"としての顔で、日常生活の中でどんなことを考えて、どんなことを求めているのかということは意外と知りえないこともあったりします。

一方で、患者さん方も私たちがどういう思考回路でどのように治療方針を考えているということは意外と知らないのではないかと思います。自分の身を乳がんのリスクから守るときにも、一緒に治療方針を考えるときにも、実は乳がんについて知っておいてほしいこともあります。

乳がん診療において、目の前の患者さんを救うための手術や薬での治療は第一に大切です。次の新たな治療を作るための基礎研究や臨床研究も非常に重要です。私自身、いずれにも携わる機会がありますが、それだけでは日本の乳がん診療は変えることができないことがあるのです。

そんな診療にあたっているだけでは解決できないことを発信するため、前線で乳がんと向き合う一人の医師として、このブログを立ち上げるに至りました。

 

自分を救う情報をみつけることは簡単でない

医学にも個人のリテラシーが非常に試される時代です。なにが確からしいのか、なにが古いのか、なにが怪しいのかを膨大な情報の中から選び出さなくてはなりません。

つい人は、自分に"都合のいい情報"を中心に信じてしまう生き物です。それが良い方向につながることも、悲しい結果につながることもあるのが現実です。

実は、それは患者さんだけでなく、私たち医療者にも同じです。私たちは"論文"として世に出回った研究結果から新たな知見をアップデートしていきます。しかし、論文になった研究結果が事実と一致しないこともよくあります。私たちですら、膨大な研究データから確からしいものを適切に選び取らないといけません。

医学は科学である以上、現代の医学で解決ができること、できないことが存在しています。どこまでがわかっていることで、どこからはわかっていないこと(解決できていないこと)なのかを知ることは、"様々なことを知ろうとすれば知ることができる"時代だからこそ非常に大切なのです。

 

"Shared decision making" 

Shared decision makingという概念があります。医師と患者さんが、"エビデンス(科学的根拠)"を共有して、一緒に治療方針を決定することです。

 

昔からある治療方針決定

医師 → 患者 👉 治療方針決定

 

Shared decision making

医師 ⇄ 患者 👉 治療方針決定

 

このプロセスが非常に重要です。

「医師→患者」においては、現在の状況(病状・科学的根拠・患者背景など)から方針を提案することになります。

では、「患者→医師」は何を伝えたらいいのでしょうか。もちろん、あなたの望むことを伝えればいいのです。そんなときに、お互いのことがもう少しずつわかっていると、うまくいくのかもしれません。

医学の発展は多くの人を救ってきたのも紛れもない事実、そして、不確かな部分があることも事実。医療者の"言い分"はこれを基に作られています。残念ながら、医学は万能ではありません。全員にとってベストな治療というものは、存在しないのです。

だからこそ、今ある情報から"考えうる一番良い方法"を一緒に考えていきたいのです。

みなさんにも知ってほしいのです、できるだけ正しく乳がんのことを。

私たちも知りたいのです、できるだけ正確にみなさんのことを。

 

このブログを通して、患者さんだけでなく、乳がんのことを知りたい方、乳がん診療に携わる様々な職種の方に向けて発信できたらと思います。

私たち医師も日々勉強です。できるだけ科学的根拠に基づいた中立な立場から、最新の知見をシェアして、これからの日本の乳がん診療をみなさんと一緒に考えていけたらと思います。