乳癌に免疫療法は効かないって本当?

とある日のyahooニュースに、

「stage4乳癌が免疫療法で寛解」 との文字が。

またまたー・・・と思って一応内容を確認してみると、出典元はNature medineという一流雑誌。論文掲載時期からは少し経過しているが、今日はそれにまつわる話。

最近、様々ながんで、免疫療法が花盛りだ。しかし、乳がんにおいてはなかなか効果が乏しく、少し取り残されている感じがあって、少し寂しい思いもしていた(トリプルネガティブ乳がんにはよいデータも出始めているが)。そんなところへ、一つの朗報だ。

 

免疫療法って何?

もともと免疫細胞は、"自分でないもの"を認識して攻撃する性質がある。がん細胞はもともとは、自分の細胞からでてきたものだが、分裂を繰り返すうちに遺伝子変異が起こり、正常な細胞ではつくられないヘンテコなタンパク質を作り始める(ネオアンチゲン)。通常は、これを免疫細胞は認識して、がん細胞への攻撃を開始する。

この免疫細胞をうまく利用してがん治療ができないか、というコンセプトで考えられたのが免疫療法。

現在、有効性が確認されている免疫療法は、免疫チェックポイント阻害薬とよばれる、分子標的治療のこと。この薬剤は、免疫細胞(T細胞)がん細胞を攻撃するブレーキを外す薬剤。がん細胞は巧みに免疫細胞にブレーキをかけて免疫細胞から逃げており(免疫逃避)、この薬剤はそのブレーキを外すのだ。

例えるならば、酔っ払い(腫瘍細胞)が包丁を振り回して、周りには大勢の警察官も含めた人(免疫細胞)が集まってきているが、誰も取り押さえられない状況。もしくは、ヤクザ(腫瘍細胞)が賄賂を送ってグルの警察官(制御性T細胞をはじめとした免疫細胞)を黙らせているような状態。こんな感じだろうか。

だから、包丁や賄賂といったブレーキを外してあげると免疫細胞は腫瘍細胞を攻撃できるようになる。

 

なぜ乳がんには、既存の免疫チェックポイント阻害薬がほとんど効かないのか

実は、この他にも、がん細胞が免疫細胞から逃げる手段がある。がん細胞自身が、"自己"の細胞そっくりになりすますのだ。これは免疫選択と呼ばれる。実は、乳がんはこの手法を用いて免疫細胞からの攻撃を免れていることが多い。

要するに、乳がんは正常な細胞に割と似ている顔をしているから、免疫細胞が"自己"と判断して見逃してしまうのだ。

また、乳がんは一般的には、免疫学的には"cold"な腫瘍と言われている。

これはどういうことかというと、がん細胞の周りにあまり炎症が起こらず、免疫細胞自体が周囲にいない状況を指している。

これも例えるならば、自宅で隠れてハッカー(がん細胞)がサイバー攻撃をしているのようなイメージだろうか。なかなかシッポ(ネオアンチゲン)を出さないので、捕まえられないし、そのハッカーのすぐ周りには本人を捕まえる警察官(免疫細胞)は待機していない。

だから、ここに免疫チェックポイント阻害薬を投与しても、そもそもにそんなにブレーキがかかっていたわけではないので、効果が期待できない、というわけだ。

 

 

免疫療法に希望の光 

ここまで書くとなんだか、寂しい気持ちなってしまうが、何も悲観的な話ばかりでない。ここで登場するのが、冒頭で話題にしたnature medicineの論文。

これは、進行乳がん患者さんに、ネオアンチゲンを認識するT細胞+IL-2+免疫チェックポイント阻害薬の投与をしたら、寛解状態となったという内容。

 

どこかのクリニックでやってそうなことじゃん、と思われたそこのあなた。決して、一緒にはしていけない。腫瘍周辺にいたリンパ球の中から、選りすぐりの腫瘍を攻撃する能力を持ち合わせたリンパ球を選び抜いて、身体に戻している。一般のクリニックでは、容易にはできない。

これは裏を返すと腫瘍周囲に集まっているリンパ球には、必ずしもがん細胞を有効に攻撃できていないものも含まれているということなのかもしれない。免疫細胞にがん細胞を認識させて攻撃させるということはそう簡単なことではないのだ。

そして、注目すべき点は、"cold"な転移巣にも効果があったということ。個人的には、質の高いネオアンチゲンの抽出とIL-2で炎症を誘導したことが功を制したのではないかと思っている。

このたった一症例の報告が、超一流雑誌のnature medineに掲載されたのだ。

もちろん詳細な検討がなされた結果もあるが、乳がん領域においては、これは"大発見"だということ。ちまたで自費診療で行われている免疫療法が本当に効果があるならば、この一症例がnature medicineに掲載されることなどありえない。現状、免疫細胞をちょっとやそっと増やしたぐらいでは、残念ながら がんは治らない。

私は免疫療法を否定したいのではない。正直、非常に期待している。

ただみなさんにも正確に知っていただきたいのが、今、乳がんの免疫療法の最先端の最先端がようやくここまで到達できた、ということ。大いに喜ばしいことだ。でも、忘れてはならないのが、まだまだ研究段階であり、実用化にはまだ時間がかかるということ。

でも、いつか、この治療が乳がんの治療を席巻する日がくるかもしれない。

 

参考文献:

Immune recognition of somatic mutations leading to complete durable regression in metastatic breast cancer | Nature Medicine