圧倒的な"遺伝情報取り扱い後進国"日本にオラパリブがやってきた

BRCA変異を持つ遺伝性乳がんのための薬

先日、BRCA遺伝子変異を持つ進行再発乳がん患者さんに使うことができる新薬が承認・発売となった。PARP阻害薬というDNA修復に関わるタンパク質の阻害薬。BRCA遺伝子変異を持つ乳がん患者さん専用の初の薬剤だ。

効果については、既存の抗がん剤治療と比較して約3ヶ月長くがんの進行を抑えることができた。

参考:OlympiAD試験 https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1706450

副作用は吐き気、倦怠感、貧血がメイン。吐き気は最初の2週間ぐらいを乗り切れば、落ち着いてくることが多く、一般的な抗がん剤比べると比較的楽に治療ができる印象だ。トリプルネガティブ乳がんの方など、つらい化学療法が常に続く方には、少し休憩しつつ治療効果をあげることができるいい薬剤だ。

 

これが使えるかどうかは、自身の乳がんがBRCA変異による遺伝性腫瘍かどうかを調べる必要がある。今回はその診断キットBRACAanalysisも保険適応となった。

このBRACAanalysis、オラパリブを使えるかどうかを調べるためだけに承認された検査。すなわち、オラパリブを使うことができる対象は再発患者さんだけであり、この検査はそのような人たちだけが対象。これから手術を受けたり、手術直後の方で、遺伝性乳がんが心配・・・という方には、使うことができないのだ。術前の人においては、全摘をすすめるのか、健常側の乳房の切除をどうするかなどにも関わる重要な問題だ。

ここが本当に日本のおかしいところで、日本政府がいかに本質が見えていないかということがよくわかる。

アンジェリーナジョリーの影響で一躍有名になったBRCA遺伝子。もちろん代表的な発がんに関わる遺伝子ではあるが、遺伝性腫瘍の原因となる遺伝子はこの他にたくさん存在している。今回はようやくその中の一つを調べる診断キットが保険適応になったというわけだ。もともと自費で20万円程度していた検査なので、保険が通っても6万円程度の自己負担は必要。

 

さて、BRCA変異が原因の乳がん患者は誰なのか?

従来、家族歴といって血縁関係に乳がん発症者がいるかどうかや、若年発症、トリプルネガティブ乳がんの方が、BRCA変異による遺伝性腫瘍を疑うポイントだ、と言われてきた。しかし、どうやらそれでは、多くのBRCA変異をもつ乳がん患者さんを見逃しているらしい、ということがわかってきた。家族歴のない方や、ER陽性乳がんの方でもBRCA陽性の方はたくさん存在しているということだ。

BRCAにはBRCA1とBRCA2の二つが存在する。これらに変異があると、いずれも50-70%程度の確率で乳がんを発症すると言われている。しかし、少しずつ特徴が違う。BRCA1にはトリプルネガティブタイプが多く、BRCA2ではER陽性乳がん多いということがわかっている。BRCA1の方が、乳がん発症年齢も若く、トリプルネガティブという特徴があるので割合目立っていたので、疑いやすかった。

しかし、例えば乳がん患者を集めて全員に遺伝性腫瘍の検査をすると、なんとBRCA2はBRCA1よりも頻度が高いということがわかってきた(他にも低い頻度で、PALB2やTP53なども)。

例えば60歳女性のER陽性乳がんをみたときに、なかなかBRCA2変異がある可能性を疑えなかったのだ。このような患者さんは、私たち乳腺専門医にとっては、あまりありふれていたから。

では、臨床情報だけでは遺伝性乳がんを疑うことができない場合があるとしたら、今回適応になった新薬オラパリブをできるだけ多くの人に届けるためにはどうしたらよいか。基本的には、HER2陰性の方(HER2陽性には強力な抗HER2療法が主体となるため)全員を対象にBRCA変異があるかどうかを調べることが必要となってくる。

ただそれには多くの問題点がある。

このBRCA遺伝子の変異は子どもに遺伝するのである(50%の確率)。

 

この遺伝情報は、自分だけでなく、血縁の家族にも関わる情報であること

 

一人だけの問題ではないのだ。遺伝カウンセリングといった適切なケアが必要となってくる。これを一人の主治医がまかなうことは、とてもではないが不可能。

私たち乳がん治療を専門にするものであっても、容易ではなく、ましてや一般外科医として乳がん診療をされている医師たちにとってはそのハードルは相当高いことが予想される。遺伝カウンセリングができる施設との連携が必要だが、それを担う遺伝カウンセラーは絶望的に不足している。

 

圧倒的遺伝情報取り扱い後進国日本

日本は、遺伝情報取り扱いの圧倒的後進国だ。海外では、すでに遺伝子検査が商業ベースで行なわれている。インターネットでキットを注文して自分の血液を送ることで、自分に病気につながるような遺伝子変異があるかどうかを調べることができる。誰もが、自分の遺伝情報にアクセスできるのだ。

海外ではそれにともなって、法整備が進んでいる。たとえば、特定の遺伝子変異を持っているといったことを理由に保険加入を拒否してはならないといった法律が生まれている。

悲しくも、日本にはその法整備がない。

遺伝情報から知り得るこれから自分の身に降りかかるかもしれない、リスクを知りたいか、知りたくないか。世界はそんな時代に突入しようとしていることをみんなが知らないだけなのか、日本人の性格もなのか、自分の遺伝情報から知り得る情報を知りたい!という声はあまり上がってきていないことも事実である。

 

さあ、そんな日本で、どこまでオラパリブが使える人を拾い上げることができるのか。

課題はたくさんありそうだ。