いっそのこと、反対の乳房も取ってほしいという不安

予防医学は、そのリスクに応じた検診や治療が大切。

この"リスクに応じた"というのがポイントというのが今日のお話。

 

その不安は理にかなった不安?

たまに、乳がんで手術を予定する方の中に、不安だから正常な反対側も切除してほしいという要望がでることがある。病変のない乳房の予防切除は、保険で認められていない。自費診療では、対応可能な施設がでてきている。しかし、この乳房予防切除はあくまでも、BRCAなどの遺伝性腫瘍の方を対象としている。

 

さて、この不安は理にかなった不安だろうか。今回はこれを考えてみたい。

"不安だ"という湧き上がってくる感情自体を否定したいのでは決してない。

その不安に駆られてとる行動が、理にかなっているかどうか、という話なのでお間違えのないように。

 

反対側も乳がんになるリスクは?

BRCA変異をもつ方は、生涯で60-80%程度の乳がん発症リスクがあり、一度乳がんになった方でも、10年で22%、15年で38%との報告もあり、決して油断はできない。

一方で、BRCA変異をもたない遺伝性腫瘍でない方はどうか。現在、女性の12人に1人は乳がんになると言われている。一度、乳がんを発症した方が反対側の乳房に乳がんができる確率は年0.4-0.7%程度と言われており、10年で4-5%といったところ。やはりBRCA変異をもつ方と比べるとかなり確率は低いことがわかる。

この数字をみて、高いと思うか、低いと思うかは、ここからは個人の価値観の問題。

では、ここで実際にBRCA変異のない乳がんの方が、正常な乳房の予防切除を行ったら、どんな心理的な安心が得られるだろうか。これを検証した論文を紹介したい。

 

予防切除は、不安は減るが、生活の質は落ちる

アメリカで行われた、288人の遺伝性腫瘍ではない乳がんの方に対して、正常な乳房を切除するかしないかによって、不安は取り除かれるのか、生活の質(QOL) はどうなるのかを検証するための(なんと)前向き試験。

 

結果は、

予防切除を受けた人は、当然ながら術前の不安は強かったのだが、最終的に、術後の不安は予防切除を受けた人と同じぐらいの不安の強さとなった。不安な人は、切除によって不安な気持ちは取り除けたようである。

では、日常への影響、QOLはどうだろうか。

術前から術後まで、予防切除を受けた人は、予防切除を受けなかった人と比べて、QOLが低くかったり、ボディイメージが低かった。術前は不安によるQOL低下だろうが、術後は乳房を喪失したこと自体だったり、乳房再建を行っても、どうしても元の自分の組織とは異なることがこの結果につながったのだろう。

予防切除を受けた人のうち、約15%が最終的にも後悔していたとの結果もでていた。

この結果をみると、そもそも対側乳房に乳がんの発生するリスクは、どちらのグループの人にも同じなはずなのに、"不安だ"と思った人は損しているようにみえてしまう。こういう時は、楽観的な人ほどうまく楽しく過ごせるのかもしれない、なんとも思ってしまった。

 

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実は、海外では乳房予防切除は日本よりも広く受け入れられている。正直、個人的には、やりすぎな気はする。ただ、日本人よりも自分のリスク管理意識は高いのかもしれないし、日本は医療機関へのアクセスも諸外国と比べると非常にいいので、海外ではそのあたりの事情は異なるのかもしれない。

このまま日本人にこれを当てはめることはできないかもしれないが、今回この結果をみても、個人的には反対側の正常乳房の予防切除はお勧めしない。

"不安だ"という感情は、湧いてきてしまうのでもちろん仕方がない。それでも、不安を対処するための大事な決定を行う時には、

「起こる確率 x 個人が考える重要度」で考える必要がある。

後悔する選択肢を選ばないためにも。

 

参考文献:J Clin Oncol. 2018 Jul 25:JCO2018786442