乳がん検診で石灰化があるって言われたんだけど、私って乳がんってこと?
A. 石灰化には、気にしなくて良いものから、癌を疑うものまで多様です。"要精査"かどうかだけを気にしましょう。
石灰化は、形と分布によって、癌を疑う強さが変わります。完全に良性なもの(無視していいもの)もあるので、”石灰化がある”="病気"ではないことを覚えておきましょう。
乳がん検診マンモグラフィの石灰化は、形と分布によって5段階で評価します。
カテゴリー1・・・石灰化なし / 明らかに良性
カテゴリー2・・・明らかに良性
カテゴリー3・・・良性を考えるけど、がんの可能性も0ではない
カテゴリー4・・・がんが疑わしいけど、良性の可能性もある
カテゴリー5・・・がんが強く疑われる
このカテゴリー3以上が、"要精査"ということになります。
実際、カテゴリー3でも最終的に乳がんが見つかる確率は5-10%程度です。
検診結果では、カテゴリーの判定まではみなさんに通知は来ません。
"要精査"と書かれている場合は、必ず詳しい検査ができる医療機関へ受診しましょう。
それ以外で石灰化があると言われた場合は、まったく心配する必要はなく、わざわざ病院を受診する必要はありません。
結果通知の仕方が悪いと思うのですが、"石灰化"という言葉だけが、一人歩きして不安をあおってしまっているケースがあります。
別に良性の石灰化があるからといって、がんになりやすいわけではありません。
みなさんが、気にするのは"要精査か否か"だけでいいと思っています。
このあと、どんな検査が待ってるの?
通常はまず超音波検査を行います。必要に応じてMRIを行います。
そこで、マンモグラフィで見えた石灰化の位置と一致する病変がみえることもあります。その場合は、超音波でみながら、細胞診という細い針でそこの細胞をパラパラと取ってくる検査や針生検という太い針で病変を取ってくる検査を行い、病変が良性か悪性かを判断します。
実は超音波は石灰化を捉えるのが苦手な道具です。
石灰化が超音波で確認できないこともよくあります。
その場合は、乳がんを疑う場合は、ステレオマンモトームと言ってマンモグラフィで乳房を挟みながら、針生検を行う検査を行います。
ただこのステレオマンモトームは石灰化がはっきりと見える場合にだけ行えます。非常に淡い石灰化の場合は検査ができないこともあります。
あまり強く乳がんを疑わない場合や石灰化が淡くてステレオマンモトームが難しい場合は、半年から1年ごとのマンモグラフィの定期チェックとなります。石灰化が増悪していかないかどうか、チェックしていきます。
すぐ詳しい検査をしてくれないと心配!?
石灰化で要精査になり、針を刺す検査を行わずに、最終的にマンモグラフィでの定期チェックとなった場合、 もしこれががんだったらどうしよう、進行したらどうしよう・・・と心配される方がみえます。
もちろん、その可能性は0ではありませんが、実はさほど心配はありません。
非常に淡い石灰化で見つかってくるような乳がんはほとんどが非浸潤がん(DCIS)といって、手術を行えば命には直接影響のない病変です。
中でも低悪性度の非浸潤がんは、中には一生涯進行することがない病変もあるのではないかと言われています。これらの病変に対して、手術を行わずに様子をみることはできないか、ということを現在JCOGという日本の臨床試験グループで検証中です。将来は、低悪性度の非浸潤がんは手術をする必要がなくなるのかもしれません。
このような背景から、しっかり検査ができる段階になってからの治療で決して、遅くはありません。気持ちはとってもわかりますが、慌てる必要はありません(慌てても生検ができない場合は仕方がないのですが・・・)。逆に、石灰化が増悪してくるようなタイミングがあれば、その時はしっかりと調べていくべきです。
乳がん検診で "のう胞"があるって書いてあるんだけど、病院に行ったほうがいいの?
A. "のう胞"だけの記載で"要精査"と書かれていなければ、無視しましょう。
のう胞は、乳腺内にできてしまう水の袋です。これはその人の乳腺の個性のようなもので、できやすい人はたくさんできますし、勝手に大きくなることもあれば、小さくなって消えることも、増えることもあります。ただ、中には水が入っているだけで、これといって病的な意義はありません。
乳腺はもともとミルクを作る臓器で、水分を分泌する力があります。授乳にかかわらず、大なり小なり水分の分泌はあります。それが一部にたまってしまうと思っていただければ結構です。
ちなみに、癌ができやすさにも関係はありません。
デメリットがあるとしたら、たまにそれがマンモグラフィでしこりとして映ったり、大きくなると触るとしこりとしてわかることがある程度のことです。
何より、検診や人間ドックの結果通知の仕方が悪い
以前から思っていましたが、検診や人間ドックの結果通知の仕方が本当に悪い。
なんの説明もなしに、"のう胞あり"と書かれたら、誰だってぎょっとするに決まっています。
私たち医師は"のう胞"とかかれていれば、
「あー、のう胞があるのね。でも、どうでもいいね。心配いらないね。」
と判断できますが、一般の方にはそんなのう胞の裏側にある気持ちが、伝わるわけもありません。
検診上、のう胞を見つけた場合は、一応ありましたよ、見てますよということで記載をしなくてはなりません。だから、記載はするのです。
これをそのまま受診者に通知することが理解不能です。
これは、通知を送る側(自治体や人間ドックなど)が、医療者目線で受取手の気持ちを考えていないからこのようなことになっています。
注釈の一つでもつければ、不安は減ると思いますが・・・。
私は、のう胞を検診で見つけた時は、必ず次のようにお伝えしています。
「のう胞という水の溜まりがあるので、検診結果には"のう胞あり"と書かないといけませんが、これ以外のことで引っかからなければ、病院を受診する必要はないので、びっくりしないようにしてください。」
みなさん、のう胞にいちいち脅かされないようにしましょう。
でも、のう胞以外に何か気になるところがあれば、"要精査"と書かれます。その時は、必ず医療機関を受診してください。
乳房の痛みや違和感は、乳がんと関係がありますか?
A. 基本的に、乳房の痛みは乳がんとは関係ありません。
「乳房に痛みがあって心配です」
「ここら辺に違和感があります」
と言って日々多くの方がやってきます。
基本的に、乳がんは乳房痛の原因となることはほとんどありません。
乳がんのしこりは、触っても痛くありません。
もし、その痛いところが熱っぽかったり、赤く腫れていたりする場合は、乳がんではなく、感染を起こしたり、炎症を起こしているかもしれません。それはそれで、病院で相談していただくのが正解です。
じゃあ、痛みや違和感の正体は?
実は、はっきりとした原因はわかっていません。
わかっていないからこそ、これといって良い対処方法がないのも事実です。痛みが辛いようでしたら、痛み止めを飲むぐらいです。
実際かなり多くの方が、乳房の痛みや違和感を自覚されます。これが全員乳がんだったら、えらいことです。
乳腺は生理周期によって、発達したり萎縮したりします。その過程でできた傷によって、痛みがでることがあります。そのような変化が強く出る方は、乳腺症と言われたりしますが、特段気にすることはありません。
生理の終わった閉経後の方でも、よく乳房痛が出現することはあります。これも原因はわかっていませんが、年齢とともに乳腺組織が退縮するに伴ってそのような自覚症状がでるのではないかと思われます。
いずれにせよ、乳がんとは関係がありません。
特に、両側やいろいろな場所に症状がでている場合はまずもって乳がんとは関係がありません。
実は、乳がんと診断されるとかなりの方が、その部位に痛みや違和感を感じはじめます。これは何かがんが悪くなったからではありません。意識が向くとそのように感じるようになるようです。
人間って不思議です。
しこりを触れる場合は痛みあるなしは関係なしでちゃんと調べましょう
もちろん、この話には例外はあります。
中には痛みを伴う乳がんもあります。
ただし、触ってみて、何かしこりを触れるような場合はその限りではありません。
なかなかご自身で判断がつかないこともあるでしょう。
迷う時は、一度乳腺専門のクリニックなどを受診してチェックをしましょう。
それで異常がなければ、その痛みや違和感は心配する必要がないものです。
3人に2人は、乳がん検診を受けないという事実
様々な啓蒙活動や芸能人の乳がんの告白によって、以前よりは注目度が少し高まっている乳がん。
外来をやっていると、
「最近、乳がん流行ってるじゃないですかー」と言われることがよくある。
たしかに乳がんにかかる人が増えているのは確かだが、最近たまたまテレビで取り上げられているだけで、乳がんはインフルエンザや手足口病のような流行り病ではない。
今も昔も、この病気と闘っている人、闘った人はいるのだ。
仮にテレビで取り上げられなくなったとしても、今も昔もこれからも乳がんのリスクはあることは忘れないで欲しい(笑。
3人に2人は、乳がん検診を受けていない
下のグラフは、年齢別の日本人の検診受診率。
なんと3人に2人は検診すら受診していない。
意識が低いのかもしれないし、もしかすると気にはしているが、受診することに様々な障壁があるのかもしれない。
海外では70%以上が受診する国も多く見られる。
参照:日本医師会HP
検診を受けず、自己触診で見つける場合もよくある。もちろんセルフチェックはして欲しいが、やはりより早期で見つけることができるのは検診。
私たちも、できるだけ辛い治療は薦めたくない。発見が遅れれば、ステージが進み、抗がん剤が必要になる可能性も高まる。あまり辛い治療を強いらなくてもよい状態でもっと見つけたいのだ。
私たちがどんなに早期発見にヤケになっても、みなさんに検診や病院に足を運んでもらえなければ、私たちはどうしようもない。
だから、啓蒙活動を続けなくてはならない。
自覚症状がないからこそ、検診を
私は予てから、乳がん検診をはじめとした検診は個人の病気発症リスクに合わせた検診を行うべきだと考えてきた。
ただこれも、国民みんなが検診を受けて、チェックをすることが当たり前と思ってもらえないと何の意味もなさない。意識の高い34%の人により適切な検診を提供するべきだけど、それよりも残りの66%の人に検診を受診してもらうことの方が今は大切なのかもしれない。
「健康には気を使っているから、検診は受けなくて大丈夫」
「昔から身体は丈夫だから、私は乳がんにはならない」
「なんの自覚症状もないから、私は心配ない」
こんなよくある言い訳は、まったく検診を受けない理由にはならないのでご注意を。
もし周囲に乳がんのお知り合いがいる方がいるとしたら、その人は絵に描いた不健康そうな人であろうか?
決してそんなことはない。
検診は、自覚症状があってから受けるものではない。
自覚症状があったら、病院を受診して欲しい。色んなことが後手にまわってしまう。
もともと検診は、自覚症状がない段階でみつけるもの。
これは忘れないで欲しい。
どの情報が正しいのかを読み解くのは難しすぎる
"〇〇で、がんが消えた"というよくあるフレーズ。本当に騙されてはいけない。
誰だって、"治らない"と言われたら、本当に"治らない"のか、"治る"方法はないのかを模索したくなるに決まっている。こういう人の気持ちを逆手にとった悪徳商法だ。
その広告が本当に事実なら、どうして私たちがお勧めしないのだろうか。
去年のデータではあるが、日本人のメディアの信頼度が調査されている。医療に限った内容ではないが、参考にはなると思う。個人的には思ったより高いな、という感想。特にテレビ。
参照:http://www.chosakai.gr.jp/notification/
提供された情報が、確からしいかを見極めることが大切。
でも、ことさら医療については難しい。情報の手に入れ方が命を左右する可能性がある。今日はそんなお話。
納得できないことがあるなら、セカンドオピニオンを受けよう
たまに、病状の捉え方によっては、治すことを目指した治療選択肢がとれる場合がある。納得いかないのであれば、疑問があるのであれば、セカンドオピニオンを受診することをお勧めする。
間違っても、やるべきことは、インターネットを調べることではない。友人に意見を求めることでもない。体験談を調べることでもない(インターネットの性質上、辛かったことを中心に語られる:情報バイアス)。
医師によって意見が異なることは往々にしてある。それは、知識や経験の差である場合もあれば、治療に対するポリシーの違いである場合もある。専門家でも意見がわれる、正解がない局面があるのは事実なのだ。
セカンドオピニオンは患者の権利だ。納得してから治療を始めることが、何よりも大切。医療はあくまでも信頼関係で成り立っている。私たちも信頼してもらっていなければ、手術をすることも抗がん剤治療を行うことも危なくてできなるわけがない。
毒を以って毒を制するのが、薬というものなのだ。
例えば抗がん剤はその最たるところだ。私たちはそれが毒であることを知った上で、それでもなお、使うことでメリットのあることがある場合にだけお勧めしている。
医者は抗がん剤という毒を使ってけしからん、抗がん剤反対!という論調もよく目にする。それに同調する声もあがる。
あまりにバランスを欠いた短絡的な意見で、残念な気持ちになる。
わざわざ指摘していただかなくても、医療者はそんなことは知っているのだ。
その他にも「〇〇でがんが消えた」シリーズ、「切らずに治す*」シリーズ、「免疫力を高めて云々」シリーズのような一見魅力的な文面が様々なところでみられる。
(*注:切らずに治すは、その安全性については様々な方法で現在臨床試験中。安全性は確立されていないので、興味がある場合は必ず臨床試験に参加しましょう)
その結果、
「私、食事療法でがんばってみます」といって大変な状況になって帰ってくるパターン。
手術をして治すための治療を本人と医師の間でも納得の上で、予定していたのにも関わらず、遠い親戚の"おせっかい"で民間療法をまず試すことになってしまい、手遅れになって戻って来るパターン。
残念ながら、枚挙にいとまがない。
それに対して、
「それがその人の選んだ人生なんだから、好きなようにさせてあげればいいよ。」
「自己責任だよ」
という意見があるのも事実。
でも、本当にそれでいいのだろうか。
悪いのは正しい情報を選び取れないことではない
残念ながら医学には不確実性がある。
確かに、私たち医療者の言うように治療をしていれば100%病気が治るわけではないことは事実。私が日頃診療にあたっている乳がんも、"治す"という観点からは、どうしてもあげられない場面なんていうのはいくらでもある。
それでも、多くのデータや経験を基に、この時はこうしてあげる方がうまく行くだろう、いい時間を過ごせる時間が長いだろうという選択肢を提示するようにしている。
私たちも100%よい治療を提供できるわけではないことをわかっているからこそ、
色々なことを"試してみたい"という気持ちを蔑ろにできない実情もある。
現に、私もお勧めはしないけど、やりたいならどうぞ、と言ってしまうことはよくある(その代わり、やる時は必ず教えて欲しい、と伝えている)。
しかし、問題の根本は、この"試してみたい"と思わせるような過大広告に問題がある。そもそもありえもしない選択肢が転がっていることが問題なのだ。
そして、それらが科学的根拠に基づいた情報と同等に並んででてきてしまうのが、本当にテレビやインターネットの恐ろしいところ。
この中から、確からしいことを選び抜くのは本当に難しい。
我々医師でも、専門外のこととなると正しい判定が難しくなる。
"どれぐらいその意見が確からしいか" がもっと語られてもいいんじゃないか
病気に関する情報は、世の中にあふれかえっている。
テレビ、新聞、インターネットなど様々なメディアから情報は発信される。
その根拠の強さについて、同時に語られることはほとんどない。
語れないのは、根拠がないからなのだ。例えば、たった数例でうまくいった、というような情報は根拠がないこととほぼ同じ。それが、本当に医学の発展を願っての発信であれば、論文というしかるべき形で提供されなくてはならない。論文にならないのは、論文にできるだけの根拠がないからと言わざるおえない。
所詮、メディアは商業ベースの媒体。本当に"患者さん"のために提供されている情報であるかどうかは、難しいが見極めないといけない。
世の中には、本当に患者さんの助けになる有益なコンテンツを提供している団体やページも存在している。そういう素晴らしい活動をしている方々にもっとスポットがあたりやすい仕組みが欲しい。
その医療ページがどれぐらい信用できる情報か、という指標が導入できるといいと思う。
いっそのこと、反対の乳房も取ってほしいという不安
予防医学は、そのリスクに応じた検診や治療が大切。
この"リスクに応じた"というのがポイントというのが今日のお話。
その不安は理にかなった不安?
たまに、乳がんで手術を予定する方の中に、不安だから正常な反対側も切除してほしいという要望がでることがある。病変のない乳房の予防切除は、保険で認められていない。自費診療では、対応可能な施設がでてきている。しかし、この乳房予防切除はあくまでも、BRCAなどの遺伝性腫瘍の方を対象としている。
さて、この不安は理にかなった不安だろうか。今回はこれを考えてみたい。
"不安だ"という湧き上がってくる感情自体を否定したいのでは決してない。
その不安に駆られてとる行動が、理にかなっているかどうか、という話なのでお間違えのないように。
反対側も乳がんになるリスクは?
BRCA変異をもつ方は、生涯で60-80%程度の乳がん発症リスクがあり、一度乳がんになった方でも、10年で22%、15年で38%との報告もあり、決して油断はできない。
一方で、BRCA変異をもたない遺伝性腫瘍でない方はどうか。現在、女性の12人に1人は乳がんになると言われている。一度、乳がんを発症した方が反対側の乳房に乳がんができる確率は年0.4-0.7%程度と言われており、10年で4-5%といったところ。やはりBRCA変異をもつ方と比べるとかなり確率は低いことがわかる。
この数字をみて、高いと思うか、低いと思うかは、ここからは個人の価値観の問題。
では、ここで実際にBRCA変異のない乳がんの方が、正常な乳房の予防切除を行ったら、どんな心理的な安心が得られるだろうか。これを検証した論文を紹介したい。
予防切除は、不安は減るが、生活の質は落ちる
アメリカで行われた、288人の遺伝性腫瘍ではない乳がんの方に対して、正常な乳房を切除するかしないかによって、不安は取り除かれるのか、生活の質(QOL) はどうなるのかを検証するための(なんと)前向き試験。
結果は、
予防切除を受けた人は、当然ながら術前の不安は強かったのだが、最終的に、術後の不安は予防切除を受けた人と同じぐらいの不安の強さとなった。不安な人は、切除によって不安な気持ちは取り除けたようである。
では、日常への影響、QOLはどうだろうか。
術前から術後まで、予防切除を受けた人は、予防切除を受けなかった人と比べて、QOLが低くかったり、ボディイメージが低かった。術前は不安によるQOL低下だろうが、術後は乳房を喪失したこと自体だったり、乳房再建を行っても、どうしても元の自分の組織とは異なることがこの結果につながったのだろう。
予防切除を受けた人のうち、約15%が最終的にも後悔していたとの結果もでていた。
この結果をみると、そもそも対側乳房に乳がんの発生するリスクは、どちらのグループの人にも同じなはずなのに、"不安だ"と思った人は損しているようにみえてしまう。こういう時は、楽観的な人ほどうまく楽しく過ごせるのかもしれない、なんとも思ってしまった。
実は、海外では乳房予防切除は日本よりも広く受け入れられている。正直、個人的には、やりすぎな気はする。ただ、日本人よりも自分のリスク管理意識は高いのかもしれないし、日本は医療機関へのアクセスも諸外国と比べると非常にいいので、海外ではそのあたりの事情は異なるのかもしれない。
このまま日本人にこれを当てはめることはできないかもしれないが、今回この結果をみても、個人的には反対側の正常乳房の予防切除はお勧めしない。
"不安だ"という感情は、湧いてきてしまうのでもちろん仕方がない。それでも、不安を対処するための大事な決定を行う時には、
「起こる確率 x 個人が考える重要度」で考える必要がある。
後悔する選択肢を選ばないためにも。
参考文献:J Clin Oncol. 2018 Jul 25:JCO2018786442
圧倒的な"遺伝情報取り扱い後進国"日本にオラパリブがやってきた
BRCA変異を持つ遺伝性乳がんのための薬
先日、BRCA遺伝子変異を持つ進行再発乳がん患者さんに使うことができる新薬が承認・発売となった。PARP阻害薬というDNA修復に関わるタンパク質の阻害薬。BRCA遺伝子変異を持つ乳がん患者さん専用の初の薬剤だ。
効果については、既存の抗がん剤治療と比較して約3ヶ月長くがんの進行を抑えることができた。
参考:OlympiAD試験 https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1706450
副作用は吐き気、倦怠感、貧血がメイン。吐き気は最初の2週間ぐらいを乗り切れば、落ち着いてくることが多く、一般的な抗がん剤比べると比較的楽に治療ができる印象だ。トリプルネガティブ乳がんの方など、つらい化学療法が常に続く方には、少し休憩しつつ治療効果をあげることができるいい薬剤だ。
これが使えるかどうかは、自身の乳がんがBRCA変異による遺伝性腫瘍かどうかを調べる必要がある。今回はその診断キットBRACAanalysisも保険適応となった。
このBRACAanalysis、オラパリブを使えるかどうかを調べるためだけに承認された検査。すなわち、オラパリブを使うことができる対象は再発患者さんだけであり、この検査はそのような人たちだけが対象。これから手術を受けたり、手術直後の方で、遺伝性乳がんが心配・・・という方には、使うことができないのだ。術前の人においては、全摘をすすめるのか、健常側の乳房の切除をどうするかなどにも関わる重要な問題だ。
ここが本当に日本のおかしいところで、日本政府がいかに本質が見えていないかということがよくわかる。
アンジェリーナジョリーの影響で一躍有名になったBRCA遺伝子。もちろん代表的な発がんに関わる遺伝子ではあるが、遺伝性腫瘍の原因となる遺伝子はこの他にたくさん存在している。今回はようやくその中の一つを調べる診断キットが保険適応になったというわけだ。もともと自費で20万円程度していた検査なので、保険が通っても6万円程度の自己負担は必要。
さて、BRCA変異が原因の乳がん患者は誰なのか?
従来、家族歴といって血縁関係に乳がん発症者がいるかどうかや、若年発症、トリプルネガティブ乳がんの方が、BRCA変異による遺伝性腫瘍を疑うポイントだ、と言われてきた。しかし、どうやらそれでは、多くのBRCA変異をもつ乳がん患者さんを見逃しているらしい、ということがわかってきた。家族歴のない方や、ER陽性乳がんの方でもBRCA陽性の方はたくさん存在しているということだ。
BRCAにはBRCA1とBRCA2の二つが存在する。これらに変異があると、いずれも50-70%程度の確率で乳がんを発症すると言われている。しかし、少しずつ特徴が違う。BRCA1にはトリプルネガティブタイプが多く、BRCA2ではER陽性乳がん多いということがわかっている。BRCA1の方が、乳がん発症年齢も若く、トリプルネガティブという特徴があるので割合目立っていたので、疑いやすかった。
しかし、例えば乳がん患者を集めて全員に遺伝性腫瘍の検査をすると、なんとBRCA2はBRCA1よりも頻度が高いということがわかってきた(他にも低い頻度で、PALB2やTP53なども)。
例えば60歳女性のER陽性乳がんをみたときに、なかなかBRCA2変異がある可能性を疑えなかったのだ。このような患者さんは、私たち乳腺専門医にとっては、あまりありふれていたから。
では、臨床情報だけでは遺伝性乳がんを疑うことができない場合があるとしたら、今回適応になった新薬オラパリブをできるだけ多くの人に届けるためにはどうしたらよいか。基本的には、HER2陰性の方(HER2陽性には強力な抗HER2療法が主体となるため)全員を対象にBRCA変異があるかどうかを調べることが必要となってくる。
ただそれには多くの問題点がある。
このBRCA遺伝子の変異は子どもに遺伝するのである(50%の確率)。
この遺伝情報は、自分だけでなく、血縁の家族にも関わる情報であること
一人だけの問題ではないのだ。遺伝カウンセリングといった適切なケアが必要となってくる。これを一人の主治医がまかなうことは、とてもではないが不可能。
私たち乳がん治療を専門にするものであっても、容易ではなく、ましてや一般外科医として乳がん診療をされている医師たちにとってはそのハードルは相当高いことが予想される。遺伝カウンセリングができる施設との連携が必要だが、それを担う遺伝カウンセラーは絶望的に不足している。
圧倒的遺伝情報取り扱い後進国日本
日本は、遺伝情報取り扱いの圧倒的後進国だ。海外では、すでに遺伝子検査が商業ベースで行なわれている。インターネットでキットを注文して自分の血液を送ることで、自分に病気につながるような遺伝子変異があるかどうかを調べることができる。誰もが、自分の遺伝情報にアクセスできるのだ。
海外ではそれにともなって、法整備が進んでいる。たとえば、特定の遺伝子変異を持っているといったことを理由に保険加入を拒否してはならないといった法律が生まれている。
悲しくも、日本にはその法整備がない。
遺伝情報から知り得るこれから自分の身に降りかかるかもしれない、リスクを知りたいか、知りたくないか。世界はそんな時代に突入しようとしていることをみんなが知らないだけなのか、日本人の性格もなのか、自分の遺伝情報から知り得る情報を知りたい!という声はあまり上がってきていないことも事実である。
さあ、そんな日本で、どこまでオラパリブが使える人を拾い上げることができるのか。
課題はたくさんありそうだ。